レイキャビク市民御用達定番のハイキング・コース、エイシャ山(オリジナル・テキスト)

 ここに先日、エイシャ山のハイキング記を掲載した。長期間サイトを更新できなかったため、適当に写真を選んで即席で記事にしたものだった。さて、次に何をどう掲載しようかとフォルダを見ていると、なんと、エイシャ山用に既にテキストが書いてあった!写真もセレクトされてる・・・(気づかなかった・・・)

 テキストは長いものの、こちらの方が読み物としては面白いかと思う。6月の、ハイキング直後に書いたものだ。

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 彼が勤務先から帰宅中、それも交通量が一日で一番多い時間帯に、我が家の車が倒れた。トヨタの小型車だけど、あちらにもこちらにも私達を連れていってくれ、少々の砂利道も負けない元気なヤリス娘。「突然ね、ゴゴゴゴって止まったんだ」と彼。

 その翌日はキリスト昇天日(凄いネーミングだ!)の休日。スナイフェルスネス半島でのハイキングを計画してたが、車が無いと無理。そして車が倒れたことでの精神的ショックが大きすぎて二人ともぐったり。

 昇天日当日(またまたなんというネーミング!)、天気は最高だけど、車がないから億劫で起きられない。けど、天気がよすぎる(アイスランド人的には外に出ないのは罪深い)。何だか億劫、でも天気いいよね、なんか億劫、でも天気いいよね、という堂々巡りの会話を100回ほど続けた後、「どこか行く?エシャ(Esja)山のハイキングなら、バスでも行けるよ」と彼。

 結局家を出たのが午後2時で、ハイキング・センター到着が午後3時。ほとんどみんな下山し始める時間に昇り始めることに。

 気持ち的にはものすごく億劫だったけど、こんな天気の日に外に出ないのは、アイスランド人的にはもっとストレスになるかと思い、彼のことを考えて結局ハイキングへ出かけた。

 結果、超楽しかった!

 私は身体を動かすのが好きだ。体力の衰えを感じ50代直前からジムに通い始めたところ、それが気持ちよくて週5日はジム通いをしてた。実は運動不足がとても気持ちが悪い。なので汗をかくのも身体を動かすのも嫌いではない。どころか大好き!

 けれど、ハイキングは初心者だ。ヨガやピラティスなら基本はわかる。アイスランドに移る前の数年間はダンス一辺倒で特にヒップホップが気に入ってた。アイスランドに移った当初、身体を動かせないのが気持ち悪く、なので彼が私に提案したのが「気候がよくなったらハイキングへ行こう!」。オッス!

 私はハイキング初心者だと書いたが、実は彼にハイキングに連れて行かれるまで、ハイキングの初心者の意味さえ分からなかった。ハイキングって要はお散歩でしょ?歩くんでしょ?歩くだけっしょ!と思っていた。ハイキングコースというものを日本でも歩いたことはあったし、そこは必ず歩きやすく整備されていた。だからハイキングというのは、そういうものだと思っていた。

 そして最初に行ったのが、レイキャヴィク郊外の人気コースのひとつでありグリムル(Glymur)滝へのコース。アイスランドで二番目に高いという滝で、「コースとしては簡単な割に、ものすごく景色がいいから」と。イージー・ハイキング(簡単なハイキング)であると何度も言われ、それならと行くことに。

 ハイキングとしてコースがあるからには、そして人気があるということは、確かにイージーなのだろう。誰でもこなせるのだろう。「時間はかかるけど」という言葉は特に気にならなかった。が、実際に行ったそのハイキングコースとやらは、全然コースじゃないぢゃん!

 コースとは名ばかりで、進む道は自分で見つけろ。いや、大まかには2コースあり、川の向こうを行く急なコースと、川のこちら側の「割合」ゆるやかなコース。そうは言われたももの、どこが割合ゆるやかで、どこがイージーなのか!整備されていないどころではない。場所によっては、小さな石がゴロゴロ落ちるのと同時に自分も滑り落ちそうな場所や、木の根と木の枝に頼らずして登れない場所ばかりで、出発3分で既に足がぁ・・・。

 ジムで養っていたつもりのそのバランス感覚が、いかに都会の畑で人工的な肥やしを蒔かれて育ったものなのかを痛感した。一歩だけなら、いや二三歩であれば、バランスは保つことができる。けれど、それをず〜〜っとず〜〜っと、ひたすらやり続けなければならない。ジムような場所で、例えば器具を使い、故意にアンバランスにするといっても、その故意のアンバランスは固定されるから、一度コツを掴めば難しく無い。が、自然のアンバランスは全部事情が異なる。アスファルトや平坦な場所を歩いているのとは全く事情が違う。

 正直なところ、途中何度か泣きそうになった。急な昇り坂を少しは登れても、その先をどう登ったらいいのか分からず〔彼はひょいひょい進むが)、そうかといって降りることもできない。って、登れたとしてもどーやって降りるの?!という場所ばかり。それでも他に人はいるし、みんな登り降りしているから、そこそこの体力がある人間であれば出来るのだろうと自分に言い聞かせ足を右、左と出し続けた。そう、それがハイキングの極意だ。足を左右交互に出す!

 彼は私のことを気遣い、もちろんゆっくりと歩いてくれるし、「ここを足場にするといい」等のアドバイスもくれる。そして時々「ユーカ、振り返って景色を見てごらん」と。足を交互に出して進むことしか考えられない私が振り返る度に見る絶景が、私の一番の糧となり、ハイキングをし続けることができた。

 景色も美味しかったし、途中で飲む水やナッツ類も身に染みた。景色の移り変わり、踏みしめる石の大きさ。生い茂る苔や草。そして滑り止めになってくれる低木の根の有り難さ。ハイキングがこれほど奥深いものだったとは。

 そして私は目標だった地点まで登り切った。アイスランドでも最も高い滝のひとつであるグリムルを眺めながらの達成感ーーと書きたいところだが、達成感よりも「嘘つくな!」の気持ちの方が実は強かった。「これのどこがイージー・ハイキングなのよ!!」と。「でもちゃんと登り切ったじゃん」と言われても説得力に欠ける。物事の基準には個人差があるとはいえ、足を滑らせたら大けがをしそうなハイキングを誰がイージー・ハイキングと呼ぶのか。え、違うっしょ!

 ということで、その後彼の「イージー・ハイキング」は我々の冗談ネタとして大活躍している。後日、ハイキング超初心者である私をいきなりグリムルのハイキングに連れて行ったことを同僚に話したところ、「それはイージー・ハイキングのコースとは言い難い」と言われたそう。私の彼は子供の頃からあちこちの山に登り、屋外でキャンプをしながら一週間ほど歩きつづけるようなハイキング体験の持ち主なので(たぶんそういうアイスランド人は少なくないと思う)、あの程度はごく普通でイージーだと感じるらしい。

 この「イージー・ハイキング」のおかげでその後のハイキングでは、足場が悪くても驚かなかったし、10分ほど軽く歩けば頂上に達することができる正真正銘の「イージー・ハイキング」にも行った。私たち以外誰ひとりいなかった山に登った時もさほど難しいとは思わなかったし、つまりは最初につれて行かれた「イージー・ハイキング」が一番大変だった。
 
 最初はイージーなハイキングで、徐々に慣らしていこうねと言っていた彼。最初につれて行ったあの後、本気でレベルアップを考えていたなら、一体どこへ連れて行かれたのかと思う。彼としてはハイキングの楽しさを見せたくて、景色のいい場所を選んだのだろうと思う。それは納得だけど、あのコースは初心者向きでは決してないし、普段歩かない50代後半の女性がいきなり連れて行かれたら、たぶん無理だろうと思う。

 前置きがひどく長くなったが、そういう「イージー・ハイキング」体験があるため、今回エシャのハイキング・コースを登るに当たっては、少しだけ警戒していた。ただ、何人かの人に言われたし、検索してハイキングの体験記を読んでも分かるが、「石(Steinn)」のところまではほぼ誰でも行ける、と。ふむふむ。

 さすがに今回は彼も「僕はイージーだと思うけど、時間はかかるし、急で足場の悪い場所もある」と、少し慎重にコースを評価。

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 キリスト昇天日(凄いネーミングだ!)の休日に、エシャ(Esja)山のハイキング・コースへ行ってきた。本当はスナイフェルスネス半島でハイキングをする予定だったが、前日車が故障し、バスで行ける範囲内でベストの場所を選んだ。とはいえ、車が故障したショックで外出する気になれず、バスでハイキング・センターに到着したのは午後3時。ほとんどの人が下山する時間からのスタートとなった。

 当初は初心者に薦められている「石(Steinn)」までの予定だったが、結果的にその場から到達できる頂上まで登った。

 エシャ山は標高941メートル。ちなみに石は標高581メートルで、私が登ったスヴェルフェットルホルン(Þverfellshorn)は780メートルだった。

 ハイキング・コースとしてここはある程度整備されており、特に「石」まではなだらかなコースと、少し傾斜が急なコースの2行程が用意されている。

 最初の5-10分歩き、なだらかな右の道を選ぶか、少し急な直進コースを選ぶかを尋ねられた時、「まだ歩き始めたばかりで体力はあるから、行きは急な道で、帰りだらだらにしようか」ということに。

 少し急な上り坂と言われた通りで、かなり息を切らせながら歩くことに。目的は楽しむことなので、かなり頻繁に休憩を取ってもらい、無事に「石」まで到達。

 今回はさすがに「イージー・ハイキング」とは言われてなかったので、そこそこの心構えで挑んだ。なるほどイージーではないけれど、それほど危険と思える場所もなく、犬は文字通り喜び勇んで歩いていたし、小学生らしき子供も親に連れられていた。そしてハイカーに混じって俊足のジョガーもかなりの数で、このコースの人気度と、適度な運動量がそれだけでも想像できた。

 石からの眺めはとてもよく、水を飲んでも空気を吸ってもナッツを食べても、何もかもが新鮮で美味しい。金髪をお揃いのお団子にまとめた可愛らしい女性のグループがいるかと思えば、引きしまった上半身を誇るかのように露出している男性グループも。みなそれぞれにハイキングを楽しみ、アイスランドの短い夏を、自然を楽しんでいる。

 「どうする?ここまで来たけど」と彼が私に声をかけてきた。その時ちょうど私も「気持ちはいいし、頂上は頭上にほとんど見えてる。少しまだ体力は残ってるし、無理なら頂上まで行かなくていいから、少しだけ登ってみようかなぁ」と思っていたところだった。

 「絶対にゆっくり。安全第一。無理なら引き返す」という3点を再三再四確認して、更に上を目ざすことに。彼は何度も行ったことがあるというけれど、もちろん私は初めてだし、初心者には勧められないと言われていることも知ってる。

 「石」から出発して5メートルも進まないところで、既にこれはどうしたものかと少し悩んだ。見た目も決してなだらかではないが、実際は非常に急で、天気がいいのは有り難いが、砂埃がたつほど乾いているため、足場が滑りやすい。

 特に意地を張るつもりもないけれど、進み始めて5メートルではあまりにもお粗末。なのであと5メートルほど進むことに。そうなるともう、登ってきたのに下るのが怖くて降りる気がしない。前にも後ろにも進めない状態ではあるが、どちらかには行かなくてはならないから登ることにする。すると今度は、滑りやすく危険防止のための鎖がある場所やら、足場がないとどうにも登れないだろうと階段が二段のみしつらえてある石ゴロゴロの場所へ。

 なるほど、最後のこの部分は普通に歩けない。石にもたれかかりながら登ったり、身体を斜めに歩かないとずり落ちそうな部分など、平たく言えば危険な場所が続く。そうはいえ、絶体絶命の危険ではなく、自信が無い人はやめてね、程度だとも思える。特に大きな石をよじ登っていく一角は、腕力とバランス力が必用なだけだ。土台は強固な石なので、足場が掴みにくいということもなく、そんな石場の上り下りが私はとても楽しかった。

 そうして辿り着いた標高780メートルのスヴェルフェットルホルン(Þverfellshorn)は平坦な場所で、「石」よりも更に下界の眺めが遠くまで広がっていた。

 「うわ!やった!」「石までと思ったけど、来られたね。よかったよかった!」

 ホントよかった。彼は去年の夏、足に大きなケガをした。今年の夏までには何とか普通に歩けるようになるだろうとは思っていたが、踝や足首などは靴や靴下がすれる場所だ。移植した皮膚は定着しているが、傷跡はまだまだ痛々しい。何事も無く頂上まで来られたことは、順調に回復している証拠でもあり、私のハイキング能力もさることながら、そういう意味でも「よかった」なのだ。

 頂上に到達したのは午後6時少し前。普通よりも時間をかけているが、それでいいのだ。ハイキングは競争でもなく、本人が納得できるペースでいけばいい。そうはいえ、夕方になり風が冷たくなっている。日照時間は全く問題ないとはいえ、高い場所で詰めたい風に吹かれたくもないので、眺めを堪能するのを少しだけ早めに切り上げ帰路に着いた。

 時間をかけて足を踏み外さないよう着実に歩き、「石」からは遠回りのゆるい道を選んだ。それは小川に沿って歩くコースでもあり、景観が美しいとも聞いていた。途中、バスの時間調節のため、道から外れて小川のほとりまで降りた。日の当たるその場所で私は靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、小さな滝のように水が落ちる小川の音を聴きながら、少しの間ボーっとしながら過ごした。

 あ〜、幸せだ〜。アイスランドに引っ越してよかった〜。気持ちいい〜。

 貧弱なボキャブラリーを心に巡らせながら、身体を休めた。その充実感、幸福感を抱きしめた。彼には、バスに乗るのをめんどくさがってた私を引っ張り出してくれてありがとう。常に私の動きを気にして、引っ張ってくれてありがとう。そして私の怠けた精神を置いてきぼりにするように、誠実に確実に動いてくれた身体にも感謝。

 そしてアイスランドの水は本当においしい。その場で小川の水を汲み、冷たくて新鮮な水分をたっぷり補給した(アイスランドの自然の水はほとんどどこでも安心して飲める)。

 気軽にアイスランドの自然を楽しめる短く貴重な季節。冬のアイスランドの景色も綺麗ではあるけれど、どこか人を寄せ付けがたい。今回のハイキングコースは通年解放されているとはいえ、足を滑らせる場所が満載なので、冬は恐ろしくて私には無理だ。風もなく、天気がいい日に来られて本当によかった。

 小川のほとりにはツクシも生えており、少しだけお土産にとってきた。翌日、胡麻油炒めにしたつくしを食べながら彼と、「楽しかったね〜、また行こうね〜」と話した。そんな些細な幸せな会話があのハイキングコースからいくつ生まれているのだろうか。こういったハイキングできる場所が無数にあるアイスランドは、本当に幸せな場所だと感じる。