シガーロス名盤『Ágætis byrjun』リリース20周年記念イベント・レポート

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 2019年6月12日はアイスランドを代表するバンドとして国際的に活躍するシガーロス(Sigur Rós)が、世界中から注目される存在となった名盤『Ágætis byrjun』をリリースして20周年を迎えた。
 そのため、レイキャビクでは発売元のレーベルやバンド主催のイベントが行われた。主なところはメンバーを交えてのパネル・ディスカッションと、20年前と同じ会場(会場名は変更されているが)での当時の演奏を録音したライブ・アルバムのリスニング・パーティ。

 発表では15時から「ストリート・リスニング・パーティ」となっていたが、行ってみると特に何か特別なことをやっていた訳ではなく、関係者が三々五々集まってはそこらへんで話をしているという状態。もちろん発売元レーベルであるSmekkleysaの店舗では新たにリリースされたライブ・アルバム(CDとLP)が並び、店内もその音楽が流されていたが、特にパーティという感じではなく肩すかし。いや、アイスランドなのでそんなものか。

Smekkleysaレーベル・ショップのディスプレイ

 6月12日は水曜日で、週末でもない。15時にミュージックショップに出向くことができる音楽ファンは限られているし、特別何かがある訳ではなさそうな気配は濃厚だった。が、何かあるといけないので、私は一応出向いたけれど、案の定特にな〜んにもやっていなかった(笑)。

Mengi会場にはアートワークのオリジナル画が!

 16時からMengiで行われたパネル・ディスカッションは大変に興味深かった。どの程度人が来るのか誰もわからず、ライブでもないので海外から飛んでくるファンはほとんど存在しないだろうし、現地の音楽ファンも前述の理由で数が少なそうだ。フタを開けてみると、来場していたのはのべでも50名もいなかったと思われる。たぶん常時居たのは30名程度か。国際的なバンドにしては異様に少なく、拍子抜けするやら、レイキャビクらしいやら。

ディスカッションの前から絵描きを始めてる!

 パネル・ディスカッションのメンバーは、シガーロスの現メンバーのゲオルグ・ホルム、元シガーロスのキャルタン・スヴェインソン、元シガーロスで20年前のこの日のライブを最後にグループを去ったアウグスト・アエヴァル・グンナルソン、レーベル代表のアウスムンドゥル・ヨンソン、司会進行役が音楽研究で博士号を持っているアルナル・エゲルト・ソロドセン、アルバムのアートワークの胎児を描いたゴッティ・ベルンホフト。ゴッティはなんと、その場で胎児の絵を描いてくれた。

リラックスした雰囲気でのディスカッション

 ヨンシーはヨンシー&アレックスのリリース10周年記念ツアーで忙しく、オーストラリアに居るため参加できなかったことは明白ではあるけれど、その事を誰も一切言及しなかったのが、私はとても不思議に思った。というのも、クレジットされていなくて演奏をしているミュージシャンの名前や、その当時お世話になった人々の名前はパネル・ディスカッションの時も、リスニング・パーティの挨拶でも出しているのに、ヨンシーがいないことを、また来られなかった故を一言も言及しないのは、日本人の私にはとても不思議だった。後で関係者にその辺を尋ねてみようとは思っている。

 パネル・ディスカッションの内容は、当時の回想や裏話等。ざっくばらんでリラックスした雰囲気だった。誰でも気軽にメンバーに質問できたが、オッリに関しての質問も今後の予定のような質問もなく、唯一あるファンが元ドラムスのアゥグストに、「またシガーロスに戻って演奏するというのは?」という質問をぶつけたのが、唯一少し刺さるものだった。答は「ノー」だった。

絵の完成後、サインをするキャルタン

 思い出話の中には、彼らがアルバムのアートワークの印刷や形状にこだわり、全く妥協しなくてレーベル側で困り果てていた時、地方からの誰かが突然現れ、そのファイルをドイツに持込み、リリース日に印刷物をドイツから運び、みんなで手分けしてのり付けした!ただ、のり付けを急いだあまり、半分以上がノリがはみ出してるとやらで返品されてきたけれど、それでも売りたくて(音楽を聞いてもらいたくて)、手間をかけてノリを剥がしては売っていた、と。そんなオリジナル盤、私は見たことがないので、今度中古で探してみたいと思ってる。ーーというのが一番下世話で面白かったかも。前振りに、「種を一粒ジャケットに入れて、大きく育つようにしたいと思っていたらしいという都市伝説があるけど、その話はさすがになかった」と。

 アルバム製作に関しては、本物のレコーディング・スタジオでの録音だったので、これほどいい音になるのかと自分でも驚いたとか、変形したシンバルが転がっていて、それを叩いてみたら案外好きな音だったので、そのまま使ったとか(そのシンバルはこの日の夜のステージ・セッティングで見ることができた)、遊びや冗談でいろいろな言葉を出していったのが、思いがけなくシリアスな曲になっていった等、結構あれこれ話してくれた。
 
 そうそう、これを書きながら思い出した。アルバムをレーベルから数十枚受け取り、うれしくてそれを持ってカフェへ行った。そこでアルバムをかけてもらい、そのCDを置いていくことでカフェの飲食代になった、アルバム・タイトルの『Ágætis byrjun』の曲の内容は、デビュー・アルバムの『Von』のことであるとか。

 超マニアなファンは知ってる話でも、私は初めて知ることばかりだった。

 ちなみに私が最初にシガーロスのライブを見たのは2003年の来日時で、有楽町のフォーラムと品川の教会の両方のライブに接することができた。その後アイスランドに出入りするようになり、最初に個人的に話したのがキャルタンで、そのうちヨンシーを知るようになった。なので、20年前まではさかのぼれないとはいえ、15年前の彼らは既に知っているので、私の中では20年前の彼らと、私とシガーロスの歴史を振り返り、懐かしみながら時間を過ごした。

 パネル・ディスカッションは1時間半ほど続き、その間になんとゴッティは絵を描き上げていた。もちろん短時間なのでそれほど細かく書き込めなかったようだが、いい感じに描けていたし、後から彼と立ち話した際、「もっと時間がかかると思ってたから、時間内にかき上げられて本当によかった」と話していた。

 Mengiの会場には『Ágætis byrjun』のアルバム・アートワークとして使われていた4種類のアートのオリジナルが飾られ、カバーになった胎児(アヴァロン)の特大サイズの絵もあった。「すごい、ボールペンのこの絵はものすごく時間がかかるのよね。また描いたんだ!」と私が少し驚いたら、特大サイズは実は東京で展示会をした時のものだということを教えてくれた。

 16時から開始されたパネル・ディスカッションは17時半頃終了。特に時間の制限もなく、会場の雰囲気もまったりで、ゆるゆる。ま、レイキャビクだからこんなもんでしょ、とは思ったものの、やはり国際的なグループでこれだけしか人が来ないのが私にはピンとこなかった

参加者のサインも入った胎児「アヴァロン」の絵

 20時開場、21時開演のリスニング・パーティにはさすがに人が集まっていた。会場の外にはタバコすぱすぱ族もいたが、チケットをもっていなくて入れない人もいたようだ。チケットといっても無料なので、早くに手配しなかったのだろう。私はアナウンスされてすぐにゲットしておいた。

 入り口から既にシガーロスに関わりが深いミュージシャンや、メンバーの家族の姿が見かけられた。CDとアルバムの即売もあり、長年Smekkleysaで働いていたお馴染みの彼がそこに立っているのが私にはとてもうれしかった。デラックス・エディションのボックスセットは予約のみだったので、オンラインで予約した方が安そうだったけれど、ここは顔なじみのよしみと、Smekkleysaの店はぜひ生き残ってほしいので心意気で予約。

顔なじみだった彼に特別盤の予約を入れる私

 会場の中に入るとステージには、当時のセッティングがしつらえてあった。ヨンシーのサイケなギターは壊れていたが、それもまた雰囲気があった。ディスカッションの際に言及されたギザギザのシンバルもあり、当時をできる限り再現したことがうかがわれる。

当時ヨンシーが使っていたギターは壊れていた
これが壊れたまま叩いたシンバル

 会場は20年前と同じ場所ではあるが、名前はイスレンスカ・オペラン(国立オペラ劇場)からガムラ・ビオ(旧劇場)と改名されている。また、以前は古めかしい劇場椅子があったが、何年か前に撤去され、ロックのライブができるベニューになっている。国立オペラ劇場として使われていた場所なので、厳粛な雰囲気を思い浮かべると、より20年前の雰囲気が掴めるかと思う。その名残で未だに劇場の真ん中には豪華なシャンデリアがある。

 1時間以上のリスニングになるため、私は最初から座席がある二階へ。開始は21時からの予定だが、それはどうやらストリーミングの開始時間らしく、実際はアウスムンドゥルが登場し、次にキャルタンとゲオルグが登場し、軽く話をした後で会場が暗転され、リスニング・パーティが開始された。ステージには楽器はあるが演奏者はいない。スクリーンにはかつてのメンバーの姿が映し出された。この後はストリーミングと全く同じだと思われる。”思われる”と書いたのは、実は二階からステージのスクリーンを見るより、手元の携帯でYoutubeのストリーミングを見た方が鮮明に見えるかと思い、ストリーミングを覗いた。どうやらネットでの時差のようで、必ずしもyoutubeで見るものが会場で見ている動画と一致していなかったのだ。たぶん数秒の遅れなのだろう。

ガムラ・ビオのステージは当時を出来る限り再現

 アイスランドのオーディエンスはマナーが悪い。悪いと見えるのは、ロックのライブでも、日本の会場があまりにも静かなのに慣れすぎているせいもあるかもしれない。なので実は座ったところで周囲が煩いとどうにもならないと危惧していた。案の定、最初はおしゃべりの声も聞こえたが、ほどなく静まり、多少の話し声はご愛敬程度で終始済んだ。

 終了のアナウンスはなく、会場が明るくなったので、「終わった?」程度。アンコールが当時あったのか、その録音があるのかもわからなかったが、最初の説明ではキャルタンが「1時間40分あるので、飽きたらロビーでビールでも」と言っていたので、1時間30分で終わるとは思ってなかった。が、どうやらステージ上の機材を片付け始めた。音はまだ鳴っている。私が初めてアイスランド語で歌えるようになりたいと思っていた「Starfur」だ(ちなみにまだアイスランド語では歌えない)。

 という感じで、「終わりました!」という句読点のないだらだら終わりがいかにもレイキャビクらしいと思ったり、せっかく1999年のプチ再現なので、その時のように華やかに終わって欲しかったと思ったり。どちらにしても、20周年おめでとう。シガーロスはかなり長い間、アイスランド人からは「シガーロス・キッズ」という呼ばれ方をしていた。それは半ば、”オラが村出身”的な自慢の息子達であり、その傍らクルット(かわいい)音楽一派としての揶揄もあった。そんな彼らも既に40歳を越え、キッズと呼ぶにはいささか貫禄がついてきた。今後も音楽活動は続けるし、続けない理由もないという。その通りだ。

 20年前のこの日にレイキャビクに居られたたらどれほど素晴らしかった。でも、20年後のその日にレイキャビクに居られたことを喜びたいと思った。

 帰路につくと、夏のレイキャビクには珍しく濃霧で、ハトグリムス教会のてっぺんが隠れていた。

テッペンが見えないハトグリムス教会も悪くない