ビョーク・バイオフィリア3: ドキュメンタリー・ライブ遂に公開!映画監督インタビュー

The Reykjavik Grapevine http://grapevine.is/
記事原文:Capturing Biophilia: As Björk’s Biophilia film prepared for its Reykjavík premiere, we spoke to co-director Nick Fenton
http://grapevine.is/culture/movies-theatre/2014/09/17/capturing-biophilia/
Interviewed by John Rogers
Photo by One Little Indian
Japanese translation by Yuka Ogura
ビョークの最新インタビューがアイスランドの英語情報紙「The Reykjavik Grapevine」に掲載されました。それを翻訳してお届け致します。『Biophilia』のリリース当初のインタビューも以前掲載しています。こちらにあるので、ご興味ある方は併せてお読みください。
ビョークのバイオフィリアに関しては、この記事「Capturing Biophilia」 と「Biophilia Keeps Growing」「Didaskophilia」の三部構成になっており、すべてICELANDiaで翻訳掲載しています。
この記事はアイスランドの英語情報紙The Reykjavik Grapevineに掲載されたもので、 ICELANDiaは許可を得て翻訳・掲載しています。英語記事の著作権はGrapevineに、日本語訳は小倉悠加にあります。無断掲載、引用はお控え下さい。

バイオフィリアを捉える
レイキャビクのプレミア公開で共同監督ニック・フェントンに聞く


〔注:基本的には意訳は避けていますが、今回は意訳した方が分かりやすいと思われるか所は意訳してあります。)

 2011年6月、イギリス人映画編集者ニック・フェントンは、ビョークの一大ライブ・プロジェクト、バイオフィリアを体験すべく、マンチェスター・インターナショナル・フェスティバルの客席にいた。スピーカーからデヴィッド・アッテンボローの声が流れ、スクリーンに光が投影され、会場の照明が落とされ、そして観客は初めて魔法のようなバイオフィリアの世界へと誘われた。若く、エキサイティングな女性合唱団から、特別に組み立てられたステージや楽器、次々に飛び出す自然に関する壮麗な動画、火を噴くテスラ・コイル、そしてもちろん女神であるビョークが、かの有名な噴火ウイッグを身に付け、ヒールの高い靴でステージを跳ね回る。

 その2年後、リックがロンドンのアレクサンドリア・パレスの窮屈な副調整室に、バイオフィリア・コンサートの全貌を捉えて後世に残すという、気が遠くなりそうな試みに没頭しながら、共同ディレクターとして座っていようとは思いもよらなかった。
「最初と最後に立ち会えるとは、よくぞきれいに納まったものだ」家族とトルコで休暇をすごしている彼は、曇ったウエッブカム越しにスカイプで語った。「どのようなライブになるのか誰も分からないという、あの雰囲気を感じた。デヴィッド・アッテンボローの声が観客の期待感を波たて、そして突然、これが全く違ったライブになるであろうと悟った」

 アレクサンドリア・パレスでのライブは、普通のコンサートとは全くかけ離れた体験だった。ニックはもうひとりの共同監督であるピーター・ストリックランドと肩を並べ、16か所に陣取ったカメラクルーから送られる映像を映す、いくつものスクリーンに囲まれた。「まるで管理人の気分だった。アリーナの中で起こっている観客とパフォーマーの親密な関係が、まるで遠くの出来事のような感じだった」

 そしてこれがライブ音楽の記録であるからには、途中で「カット!」と言うわけにはいかず、部外者から見るとロープの綱渡りのようにも見えるかもしれない。「すべては事前の準備にかかっている。」ニックによれば、バイオフィリアの全貌を捉える成功の鍵は、細部にわたる計画だったという。「カメラマン、カメラウーマンの専門知識を信頼することだ。映像監督のブレット・ターンブルは素晴らしかった。体験の代弁者、彼は多くの音楽映画を手がけてきた」

貴重な瞬間
 ニックとて、音楽映画の体験に欠けるわけではなく、シガーロスの『Inni』や『Heima』ではプロセスを学ぶ貴重な機会を得た。「ひとつひとつの瞬間がいかに貴重であるを、より一層強く意識していた。ピーターに頼んだカメラクルーへの唯一の指示は”自分のショットを迷うな。自分を信じ、毎瞬間のフレームが極めて大切だと思え”ということ。16台のカメラは多いと思うかもしれない。でもそこまでしても、どうしても欲しい絵をつかみ損なう可能性は残る」
「僕らはビョーク自身が見る音楽そのものを出したいと思った。だからそこにはユーモアもシュールなところもある。自然や科学のフッテージも、分け隔てなく使った」

 それでは、既に大きなセッティングのステージに、どうやって16台の撮影用カメラを設置したのか?「パフォーマンスに必用な全ての上に、大きな、大きなマシンを置いた」とリックは話す。「それはパフォーマーの気を散らしかねないものだったけれど、どの曲もその作品の本質がしっかり出ていると編集時に思った。映画ではあるけれど、あのコンサートと音楽性を最大限に表現できていることを願っている」

 バイオフィリアの映画は長い道のりを経た。責任者が揃い、出資者を探し、共同監督のピーター・ストリックランドとプロデューサーのジャクィ・エデンブロウがを中心に、このプロジェクト実現への枠組みを構築していった。「まさに彼らの粘りが実現を可能にした」とニック。「当初これはパリで撮影される予定で、次に東京になった。でも費用のメドがつけられなかった。そこにジャクィがウエルカム基金の興味を引き、続いてオーストラリアのSBS放送が加わり、ゴーサインが出た」


ユーモア、シュールレアリスム、クラゲ
 コンサート映画というアイデアに基づき出来上がった作品は、広範囲にわたるバイオフィリア・プロジェクトのビジュアル要素を折り込んでいる。そしてクリエイターは映画の中に自分の足跡をどの程度残すかに注意を払った。「ビョークがやることが大好きだからといって、自分達が学んだアーチスティックなこと出し過ぎたくはなかった」とニック。「僕らは彼女の音楽を、彼女がみたままの、そのままの姿を出したかった。だからそこにはユーモアもあり、シュールなところもある。僕らは自然や科学のフッテージを分け隔てなく使い、それにより、それがコンサートの環境の一部であるような感じになった。彼女の周囲にクラゲが泳いでるシーンもあるし、オーディトリアム自体が別の自然環境になるようなシーンもある」

 ビョークはそういった意見に対してオープンだった。「彼女はもの凄い人達と仕事をしてきた経歴の持ち主で、それは大きな信頼があってこそのものだ。柔軟なんだ。僕らがあれこれアイデアを出すと、とても気に入ってくれた。あれは素晴らしかった。それに、マジでホっとした」

 で、編集室から出て、こうしてインタビューを受けたりプレミア公開の旅に向かう気持ちは?「なんだか慣れないけど、でも楽しい」とニックは微笑む。「普通の僕の縄張りは、監督とアイデアについてを親密に相談することだから、これはいつもとは違う役割で、でもだからこそ余計彼らの仕事に感謝する。関わった仕事に対する責任は終わることがない。その映画を録画し終わった後も」
驚いたことにニックと共同監督には、結局ライブを再度録画するチャンスが訪れた。「他のアーティストと違いビョークは完璧を目差すことの必用性を、とても強く認識していた」とニック。「3曲ほど、彼女に納得がいかない作品があり、それはやり直すことにしたんだ。三千人の観客の前で再録なんて前代未聞だろう。でも、観客は喜んだし、彼女も納得がいくものにしたかったんだ。(終)(小倉悠加/ Yuka Ogura)

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